先日の
保育士さん?に泣かされました (T_T) (2007/06/09)保育士さん?に泣かされました (T_T) (続編)(2007/06/13)の記事では、心温まる励ましのお言葉を多数頂き、
皆さん、本当にどうもありがとうございました
* * * * *さて。その後なんですけれども。
その後もあの児童館には行き続けています。
というかむしろ、他の児童館よりも
なるべくあの児童館に行くようにしていました。
それまでの利用状況は、というと、
あの児童館はセカンド児童館だったんですね。
自宅から一番近い児童館に一番よく行っていて、
そこがお休みの時とか、ちょっと気分を変えたい時、
時間がたっぷりある時なんかに利用していました。
が、あの事件以来、1週間ほど
ちょっと比重を変えて、
あの児童館に優先的に行くようにしてたんです。
なぜか?
分かってもらいたかったんですね。ゆずに。
世の中いろんな人がいるし、
長い人生、楽しいこともあれば
イヤなこともあるんだってことを。
* * * * *これから先、イヤなことやツライことなんて
それこそ山ほどあるわけで。
それらすべてのことを
親がシャットアウトして
外界から完璧に守ってやることなんかできないし、
そんなことがもし仮にできたとしても
それをやってしまっては
その子がこの世に生まれてきた意味を
無にすることになってしまう、と思う。
人間って人それぞれ、
この世で学んでいくことがあるわけで、
こういう言い方をすると
ちょっと宗教的な感じでアレなんですけれども、、
この世は「魂の修行の場」だと思うわけですよ。
だから、親が必要以上の介助をすべきではないし、
そんなことをしたら、せっかく修行をしに
この世に生まれてきた子に対して
迷惑かつ失礼な話なんじゃないかな、と思う。
という風に考えると、親がしてやれること、
してあげるべきことっていうのは、
我が子を守ってあげることではなくて、
一生懸命修行に励んでいる我が子を
大きな心で見守ってあげること、
愛情あふれる応援をしてあげること、
そして必要に応じて(多すぎてはよくないけれど)、
修行をスムーズに進めるための、
…つまりこの世を生きやすくするための
ちょっとしたアドバイスをしてあげること、
なのかなー、なんて思うんですね。
あれ以降、あの児童館に行かない、
という選択肢もあったわけで、
そういう選択をする親御さんだって
もちろん中にはいるんだろうけど、
あえて行くようにしたっていうのは
そんな思いが私の中にあったから。
行かない、ということは、
せっかくその子に与えられた修行の場を
奪ってしまうことになるわけで、
親であっても、それはしちゃいけないんじゃないかな?
そんな権利はないんじゃないかな?
っていう気がしたんですよねー。
なんとなく。
* * * * *突然、話は変わるんですけれども。
いや、変わるようでいて変わらないんですけれども。
(ってどっちだよ!

)
ドラゴン桜って見てました?
あれでね、桜木先生(阿部寛)が
井野先生(長谷川京子)に言うんですよ。
桜木先生:
「お前は腕のたつ釣り師だ。
目の前には腹を空かせた子どもたち(生徒)がいる。
お前ならどうする?」
井野先生:
「私は釣りがうまいんですよね?
それならもちろん子どもたちの分も
釣ってあげますよ

」
桜木先生:
「ふんっ。だからお前はダメなんだ。
いいか?
子どもたちの分まで釣ってやる…
一見親切なようだが、
まったく子どもたちのためにならない。
お前は一生、魚を釣ってやるつもりか?
お前がいなくなったらどうなる?
全員飢え死にだ。
自分がいなくなっても、
ヤツらが自分たちの手で
魚を獲って生きていけるように、
釣り方を教えてやるのが
本当の優しさなんじゃないのか?」
細かい言い回しなんかは若干違うかもしれないけど、
まぁ、こんな話でした。
これ、本当にそうだなぁ、、と思うんですよね。
* * * * *子どももね。
今はまだ小さいから、
四六時中ついていてあげられるけど、
これから幼稚園、小学校…と行くようになったら
何か問題があっても、自分で考え、行動し、
対処していかなくちゃいけないわけです。
だから、今回の一件で
私はゆずに
(1) 世の中にはいろんな考え方の人がいて、時には
そういった人からの配慮のない発言によって
傷つけられることもあること。
(2) でも、まずはその人の立場や考え方を
理解し、受け入れ、許すことが重要で、
(3) それでも、どうしても許せなかったり、
歩み寄っても理解し合えない場合は
自分で自分の気持ちの逃げ道を作ったり、
何らかの方法で気持ちを切り替えることが
必要になることもある。
そして
(4) どんなことがあっても、両親は味方。
この4つをね、分かってもらいたかったんです。
まぁ (1) については、今回の経験から
なんとなく学んでくれたと思うんですけれども、
例の事件直後には
「ゆずはあれで練習するのがイヤだったんだね。
いいよ、手つなげば歩けるんだから、
別にわざわざ練習なんてしなくていいよ。
ゆずはゆずのペースで歩けばいいんだから。
(2') でもね、Aさんもね、別に
意地悪しようとして言ったわけじゃないんだよ。
あれを使えばゆずが歩きやすいと思って
親切で言ってくれただけだよ。
ゆずがイヤだったのは分かるけど、
Aさんだって親切で言ってくれたんだから、
Aさんのこと、許してあげられるよね?
(4') パパもママも、ちゃんとゆずの気持ち
分かってるから。
どんなことがあってもね、パパとママは
ゆずの味方なんだよ。
だからそんなに泣かなくたっていいんだよ。」
と言って聞かせ、児童館からの帰りには、
行く予定のなかったスーパーに寄って
ゆずの選んだお菓子を買って帰り、
家で2人でおやつタイムにしました

「(3') 今日はゆず、悲しかったね。
こういう時はさ、美味しいお菓子食べて
忘れちゃうのが一番だよ

」
ってね。
* * * * *もちろん、正面から問題に対峙することは大事。
(2) の「相手を理解し、受け入れ、許す」ってこと。
あるいは、相手とじっくり話し合うとか。
自分自身の問題であれば、その問題に
正面から向かい合うとか、そういうことね。
でも、(3) の自分で自分の逃げ道を作れる能力ってのも
けっこう大事だったりすると思うんです。
いじめられても「Aちゃんは私のこといじめるけど、
BちゃんとCちゃんは優しくしてくれる。」とか。
「私にはパパ&ママって味方がいる。」とか。
「美味しい物食べて忘れちゃお。」とか。
好きな音楽聞いて気分転換するとか、
ゆっくりお風呂に入ってリラックスする、とかね。
自分なりの気分転換の仕方をもっているか。
自分で自分の逃げ道を作れるか。
例えて言えば、
転んだ時に、ちゃんと受け身がとれるかどうか。
…ということですね。
どんな時でも100%真っ向勝負だったら…
それはそれでエライと思うけど、
そういう人って本人ツライと思うのね。
ツライだけならまだしも、
これって受け身をとってないわけで、
ポキッと骨折、なんてことだってあるかもしれない。
まぁ、割合の問題で、今回のケースでは
真っ向勝負9割+受け身1割ぐらいが妥当な線か。
相手も悪意ないからね。
これが学校とか行くようになって、
相手が100%悪意って場合だって
ないとは言い切れない。
そういう場合は、
真っ向勝負5割+受け身5割、とか。
あるいは場合によっては
真っ向勝負1割+受け身9割、って場合だって
もしかしたらあるかもしれない。
それはそれでいいと思う。
9割が受け身であっても。
1割しか真っ向勝負できなくても。
ただね、
少しでも正面からぶつかる部分が
あればこその「受け身」であって、
これが真っ向勝負0割+受け身10割になったらどうか?
こういうケースはあり得るのか?
これはね、真っ向勝負する部分が0になった瞬間、
「受け身」は「受け身」ではなくなって、
単なる「逃げ」になってしまうと思うの。
それだから。
「児童館に行かない」という選択は
したくなかった…というわけ。
親としてはやっぱり、
「逃げる」子ではなくて
「受け身のとれる」子になってほしいから。
うーん、、、
思うこといろいろ書いたら、むちゃくちゃ長文
しかもイマイチまとまりなくなっちゃったけど、、
ま、結局のところ、あれ以降も児童館には
行ってますよー、ってことでした
長々書いといて、結局そんだけ??
なんて言わないでねっ

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